こういう事実があるという戦地での医療活動を幼き後輩に語る

 
vol.1

わたしが、かかりつけ医というサイトを作ろうと思ったきっかけは母親の透析導入が発端です。 当時、インターネットを駆使して探し当てたホームドクターの患者に向かう真摯な姿から、医師の仕事に対する憧れが募って きました。そして、わたしの中で、医師と言う仕事についている人は、どんどんヒーローになっていきます。 世界には、どんなお医者様がいるのだろう? そんな興味がふつふつとしているとき、NHKの『ようこそ先輩 課外授業』という番組を見ました。 これは社会人として活躍をしている人が母校を訪れて、後輩に授業をするというものです。 私が見たのは国境なき医師団の 貫戸朋子先生の回でした。
以下の記事は、2006/5/17 書いたものをそのまま掲載しています。文体が違いますが、ご勘弁くださいませ。

わたしの選んだスーパードクター 貫戸朋子医師

国境なき医師団の存在を改めて感じさせてくれたドクター
記念すべき 第一回目にあげるならば、やはり 貫戸朋子先生かな。この先生のことを、知ったのはNHKの『ようこそ先輩 課外授業』という番組。
かつて、自分が卒業した小学校を訪問し、今、自分が生業としている仕事を通じて、子供たちに授業をしていくという企画番組だ。
貫戸先生が、訪問したのは、京都の母校だった。
ずいぶんと、前の記憶なの確かではないが、小学6年生を相手にしての授業だった。
貫戸先生は、日本での安定した勤務ではなく、戦禍の国で医療活動をしている 国境なき医師団のひとりだ。 ある国で、外国人スタッフたちとテントの下での救援活動をしていた。そこへ、瀕死の少年が、母親に抱かれてやってきた。 もはや、治療の施しようがない状態。
先生は、酸素ボンベを少年の口にあてがった。
すると、アメリカ人の看護師が、それを遮った。
『どうして?』
『朋子 この子はもうじき死ぬわ。酸素ボンベは、不足してる。
他の可能性のある患者に残しておきたい。』

さー、キミたちは、どう考える?
と、実際に先生がぶち当たった問題を子供たちに向けた。
いろんな意見が、出た。
その子供の母親の気持ちを考えたら、最後の最後まで治療をしてあげなくちゃー。
その子は、死んだとしても、そのボンベで救われた命は、彼が助けたことになる。 どちらもあり。 
先生は、そう言った。
次の質問は、こうだ。
貫戸朋子の生き方は、損か?徳か?
キミは、貫戸朋子になりたいか?なりたくないか?
圧倒的に、女子は、危険で汚れてキツイ仕事はしたくない派が多かった。男子の中でも、困っている人を助けてあげたいからボクは行く派は少数だった。 この結果を、先生はとやかくは言わない。
正解の答えはないもの。
少しでも、命について 想いを馳せてもらえて良かったと思う。
ありがとう!!と、笑顔で教室をあとにした。

貫戸先生は、答えを見つけたんだろうか?

すごいなと、思った。
ものすごい経験をしているのだから、それを掲げて、子供たちに教えを解くことだってできるのに。 静と、動を併せ持つ女性だ。
先日、大阪で 講演会があり、急いで申し込んだが、定員オーバー。残念ながら、せっかくの機会を逃してしまった。
たくさんの人が、先生の活動を見守り、応援し、いくらかでもその静かなる勇気と闘志に、あやかりたいと思っているに違いない。 先生の医師としての能力は、知りようもないの だけど、医は仁術。きっと、こころある治療をしてくれる医師に違いない。

貫戸先生を知るために

yahooで、貫戸朋子先生を検索するとこうなります。
日本で始めて国境なき医師団に参加された先生です。

国境なき医師団:貫戸朋子―別冊課外授業ようこそ先輩
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