思いやりの医療を有言実行 かぶりものや変装で笑いを届ける島の先生

 
vol.1
山口県周防大島 おげんきクリニック 岡原仁志医師

管理人が、岡原先生に始めてお会いしたのは2006年5月のこと。 その頃の感動を記事にしました。と、こうして書いている今現在は、2013年9月。 実に8年が経過しました。岡原先生は初心をそのまま持ち続け、夢のようなクリニックと 島のお年寄りが元気で長生きできて、寂しくないような仕組みを作りました。 医師であったお父様を亡くされてお辛い時期もあったかと思いますが、すべては患者さんの ためにを、有言実行されている希少なお医者さんです。
記事は岡原先生に目を通していただいて、了解も取っております。掲載写真も同様です。
わたしも老後は、この島に移住しようかななんてね。

看護の力を思い知らされた時代があった

思いやりの医療を届ける 岡原先生お医者さんのイメージを根底から、くつがえすドクター  それが、山口県周防大島 おげんきクリニック院長  岡原仁志先生。
去る2006年5月13日 広島県竹原市で開催された講演会で、初めてお目にかかったのだが、固定ファンがいるらしく、なかなか傍へ近寄ることができないっ。うむ、ガードが堅いぞ。
ドクター界の ヨンさまぐらいの取り巻き・・・話を聞く前に圧倒された。 〔色見本のようなシャツ〕
先生は、HPで見たのと同じパッチワークのシャツで登場。
あの尊敬するアメリカの医師 パッチ・アダムスに、ちなんでということらしい。
講演を聴いているうちに、おげんきナースのいでたちの深い思いも解明された。
〔ナースになりたい〕
先生が消化器外科医として静岡の病院で勤務していた頃のこと。
すい臓がんで入院していた男性患者さんの手術を執刀することになった。いざ、開腹してみると、当初の見立てとは違い、あちこちに 転移が見られもはや手の施しようがない状態。
やむを得ず、すぐに閉じて、数日で退院の見込みをつけた。
ところが、患者さんは、食事を取ることはおろか、吐き気があり、水すら飲めなくなってしまった。主治医であった先生は、内心 焦った。 すると、訪問看護師のSさんから、自宅へ帰してあげてはと打診が。点滴で栄養を摂っているような患者さんを、帰すなんて、できないと押し問答。
その看護師さん・・・確信があったらしい。
『先生は、知らないんですか。看護の力を!』
喝を入れられた。
それでも、半信半疑で、外出許可をしぶしぶ出して様子をみることにした。
患者さんが帰宅して数時間後、奥さんから電話があった。 『水が飲めるようになりました』

患者さんにとって病室は緊張の空間

て、先生 思った。
看護学の重要性に、気づかされた出来事だった。
ここからが、岡原先生流。
すでに、外科医として仕事を始めていたのにも関わらず、看護師に、なるために、受験勉強を始めたのだ。 が、結論から言うと、時間のやりくりがつかず、学校へ通うことは断念。その後も看護の力の偉大さと、その看護を仕事としている ナースに憧れ、このナースの衣装で、往診に当たる。
そして、本気で 院長は、ナースがするのが本当だとも。

【管理人 みさと 独断所見】


確かに、医師は、看護師さんほど濃厚に患者さんと接触を持たない。 患部を診るだけの人というイメージだ。それに、看護師さんを、アゴで使っている。 私が大好きなアメリカのドラマ ERで、看護師が医師を前に言ってた。 この病院を支えてるのは、あたしたちなんだよっ。
2006/5/17記
さらに、書きたいと思っています。岡原先生の魅力を・・・

医療の話題 メディアで知ったお医者さん

医療の話題 インターネットで知ったお医者さん

医療の話題 リアルで知ったお医者さん