カテーテル抜去、その後、涙の透析生活

3月7日 腹膜に挿入したカテーテル抜去、その後、涙の透析生活です。

さて、消化器外科病棟から腎センターのある腎臓・リウマチ内科へ病室が変わりました。3月11日のことです。
消化器外科の病室からの眺めは、オープンだったのですが、今度の病室は、建物と建物が隣接し、昼間でも部屋の明かりは消せない環境となりました。
母は、相変わらず起き上がることが出来ず、ますます私の おしも介護の腕は上達するばかりです。と、言いたいところですが、7日の手術成功を祝福するため、買い物に出かけた先でアクシデントに遭遇。
パキーン!!と、骨折をしてしまい役立たずな付添い人に格下げとなってしまいました。

シャントを使えるまでの代替シャント

お腹のカテーテルは、もうありませんから、今度は血液透析療法を始めなくてはいけません。
これが、母にはたいへん つらいものとなりました。
そもそも腹膜透析を選んだのも、血液透析ではあまりにデメリットが多すぎる。高齢の母に耐え得るだろうかと疑問を持ったからでありましたので、歓迎できない気持ちばかり膨らんでいきました。
しかし、望んでみたところで、まだ炎症反応は残っていましたし、選択は、ひとつしか残っていません。が、血液透析のことを勉強して こなかった私たちには、何をどう尋ねて、訴えて、要求すれば、それでも果たして、ラクになれる透析をしてもらえるのだろうかと言う不安が、ずーっとついて回りました。最後までわかりませんでした。
母は、シャントは作っていなかったので、3月3日にSクリニックで左大腿静脈から入れたカテーテルから、15日まで透析をしました。
通常、このアクセスは2週間使えるらしいのですが、これも感染源になっているのではないかということで、時期を待たず、今度は右側の大腿部からカテーテルを挿入し透析を続けました。
左側の血管は、右側と異なり少し心臓に向けて曲がっているのだとかで、座位の姿勢をとるたびに出血をし、ますます母を不愉快にさせていました。

心臓血管外科医の先生の言葉に感動

3月22日のシャント作成のための説明に心臓血管外科医のI医師が、透析中の母に声をかけてくださったそうです。
この先生は、母の腹膜カテーテルを挿入してくださった医師です。 「先生 せっかく入れてくださったのに、こんなに早くダメにしてしまってごめんなさい」と、母は詫びたのだそうです。

と、先生は、母を励ましてくださいました。
苦痛でしかない透析室での、たった数分のやりとりでしたが、その後 数時間の拘束は幾分か和らいだと思います。
気弱になっている患者は、医師の ほんのささいな言動に元気つけられたり、逆に傷つけられたりもします。

心臓血管外科医のI医師は、歳月を超えて透析患者さんを支えてくださっています。 ご自分の仕事をしながら他県より精密機会搬入、もしかすると麻酔医も連れてきてくださってるかも? とにかく患者さんのために奔走してくださっています。 ですが、ご本人にそんな気負いはなく気さくなお者様です。 この先、シャントトラブルがあったとしても、I医師がいてくださることで、まったく不安はありません。

気弱になってる患者の心を気遣ってほしい

もしも、このサイトをご覧いただいてる医療関係者の方がいらっしゃれば、このことについて一度じっくりと思いを馳せてみてはいただけないでしょうか?
何も言わない患者が、満足しているとは言えないと思うのです。
特に、高齢な患者は、我慢することを美徳とする慣習の中で生きてきています。
透析患者は、どんどん高齢化しています。
ご一考ください。

医療者と患者は分かり合えないのか?

現在、医療過誤問題が取り沙汰され、まるで患者と医療関係者が敵と味方、被害者と加害者のような関係になっています。
お互いの立場を理解して、歩み寄れないものでしょうか。
よろしくお願いをいたします。
予定通り、無事 3月22日 シャント作成も成功し、3月25日元の古巣Sクリニックへドクターカーで搬送していただき、気持ちも新たに、血液透析療法を受けていく母を見守ります。
これが、3月末日の近況報告です。
2005/3月末日 みさと記

かかりつけ医を捜そうの主たる登場人物


*ちひろ姫*

*ゆうか(次女)*

*みさと(長女)*

*かかりつけクリニック*

*過去のスタッフさん*