腹部カテーテル抜去手術後は血液透析にシフト

ゆっくり読んでね。

2005年5月1日より血液透析生活開始しました。
昨年(2004年)の秋から、透析導入を視野に入れ、まずは病院探しから始まりました。
試行錯誤しながら たどり着いた楽しくて心弾むベターな病院とその医療スタッフのみなさんと親交をあたためる日々でございます。
現在は、タンパクも充分に摂れまして、先月よりドライウェイトが0.2kg増えました。
週に3回。3時間の透析(HD)をしております。

血液透析は、片道45キロかけて通院

透析のある日には、6時くらいには起きまして(コーフンのせいか) トイレに行ったあと、朝の一服。そして、ペンレスを貼ります。
だいたい着ていく服は、前の日に用意しておきます。
用意周到な性格は、行き当たりばったりの娘みさと(長女)とは違い計画的な ゆうかとよく似ています。
病院施設と自宅は、45キロくらい離れていまして、みさとが送迎を担当してくれています。
時々、寝坊をしてバタバタと騒がしくやってきますが、朝の弱い彼女にしては上出来です。今のところ、大きな遅刻はありません。

ゆうか(次女)に、戻ってきてからのメニューを聞き、総勢12匹の猫たちに見送られて、病院に向かいます。
わたくしが、出かけたあと、彼女は部屋の掃除や、夕食の下準備など家事全般に忙しく立ち働いてくれます。 感謝です。

癒される透析施設ではお話も弾む

透析室の待合にはいると、まずは、お昼ごはんの代わりに持参したゆで卵を食べます。 看護師さんや助手さん、患者さんたちがいらっしゃると、何を話そうかとうれしくて・・・・食べる方がお留守になってしまいます。そのたび、みさとの ゲキが飛びます。

ほんまに、おせっかいな娘です。わたくしの立場がございません。
とにかく、みなさんとお話をするのが、一番の楽しみです。
自らコーディネイトした お洋服にも関心を持っていただけるので、おしゃれのしがいもあります。
透析中の不快感も、そのたび技士さん、看護師さん、先生にお話して改善していただき、安定した治療を受けております。

透析オフの日には家事仕事

透析のない日には、台所に立ち料理を作ります。
洗濯も自分でできますし、お風呂も自分で入れます。
まだ、足がおぼつかず、外に出るのは慎重を要しますが、時々 庭を歩いて花を愛でております。 いかにも、順調でしたのですが、ある時、テーブルに置いた鋏に恐怖を感じます。
箸にも、歯ブラシにも、つめ切りにも・・ みさとの言うには、先端恐怖症だとか。 

2005年7月24日 みさと記   

2014年7月の現状は

9年前には、家事もこなしていた 母もその後、大腿骨骨頭骨折等で足が不自由になりました。 だんだんと、動くことが億劫になっていき、おしゃれにも無関心。他人にも無関心。 果ては自分の治療にも無関心となりました。 悲しいことですが、娘としては受け入れないといけないのでしょうね。