2005年3月22日 シャント作成も大成功

ゆっくり読んでね。

予定通り、無事 3月22日 シャント作成も成功し、3月25日元の古巣Sクリニックへドクターカーで搬送していただき、気持ちも新たに、血液透析療法を受けていく母を見守ります。

血液透析を受けるのが どれほどつらいか、母の訴え

・寒気がする
・背中が痛い >
・身体がだるい
・喉が渇く
これらの症状を、母は言いもせず、じっと耐えていたというのです。
言ってみたところで仕方がない。
忙しそうにしていて声がかけられない。
ナースコールが手の届くところにない。
これらが、言えなくさせた理由です。

透析時の不快感は遠慮なく伝えたほうが良い

言ってみたところでしょうがないということはないようです。
湯たんぽを用意してくれたり、体位交換をしてくれたり、毛布を追加してくれたり、余程の無理難題でない限りは、対応してくれるようです。
これらの訴えは、決してワガママではなく当然の欲求であり、透析を受けている患者には、ありがちな要望であり症状なのだ教えてもらいました。
でも、それを聞くと益々血液透析からの離脱を、腹膜透析、もしも叶うなら自宅HDを考えて透析室のスタッフのみなさんを疑うというような問題ではなく、血液透析療法が、母に及ぼす影響を考えると心穏やかではいられないと言うのが本音です。 何はともあれ、その知識がないことも不安を駆り立てる要素となっているのです。

大学病院での血液透析は、言えない苦痛がつらさを倍増していた

あちこちで、書き散らしているように、血液透析のことは、なかなか受け入れることができず、母子共々苦悩の毎日でした。 とにかく、一番初めに見学に行った先の透析室のひんやりと無味乾燥・殺伐とした印象が、脳裏にこびりつき、はらいのけることができずにいました。 しかし、起きてしまったことは仕方ないのです。 透析を拒めば、死神の餌食になるだけです。
とことん 生き抜いてやろうやないか!!というのが、母の出した答えです。

にしても、まったくの予備知識がないまま、ダイアライザーに、 つながれた数日間は、ストレスの日々だったようです。
高齢になり透析を始められる人は、しんどくても我慢する傾向が強いのだそうです。
ですが、透析中の身体の変化は、我慢することはないようです。 むしろ、何も訴えずに耐えることで、プラスになることはゼロです。

高齢者は負い目を感じながら血液透析を受けている

こんなことを言って迷惑ではないだろうか?
みんな忙しそうにしているし。
第一、ナースコールが手元にないじゃない。
他の患者さんたちは、おとなしく寝ているし・・・
そうして我慢に我慢を重ねて、4時間を過ごし、病室に戻った時は、ぐったりとしてご飯も食べれない状態でした。
そして、少し気分が良くなると、愚痴り始めます。

不平不満は直接 ぶつけてみたら?

初めは、同情しつつ、医療スタッフに憤慨しつつ聞いているのですが、何度も訴えを聞いていると、その場で、主張しようとしない母に腹がたってきます。
「ここで、ぐちゃぐち言うてんと、技士さんや看護師さんやお医者さんに言ったら!!お母さんが言いにくいんやったら私が、言う」と、夜中に叱り飛ばしたこともありました。
結局、担当の看護師さんに相談して、その次からは母の訴えを聞き入れてもらえるようになりました。 でも、血液透析はラクではないようでした。
その苦痛から、脱出できたのは元の病院に戻り、顔なじみのスタッフのお世話を受けるようになってからです。

ホームグランウンドで、不満を吐露。ここからがスタート

しんどかった経験を、スタッフに話しました。そうすると、「我慢しないでね。
寒ければ湯タンポを入れさせてもらうし、毛布を増やせばいいし、トイレもパーテーションで仕切れば 寝たままだってできるからね」と、言ってもらえたのです。 腹膜炎の治療から、もうずっと寝たきりになっていた母にとってトイレは一番の難問でした。 もともと便秘気味だったのですが、透析で水分制限が加わり運動量も減ったため腸の動きも鈍くなり、それでも透析中には 便意を催すということで悩み抜いていました。

排便リズムも解決すっきり

透析は、隔日ですから、当日の透析前までには排便を済ませておきたい一心で、前日、夜に下剤を服用していました。が、データー通りに飲んで8時間後に、出るということはまずありませんでした。
かなり神経質になり、食べれば出るということで、食事の量も意識して減らしていました。
こんな苦労話をすると、前出の看護師さんは、だったら透析のその前に出そうと思わずに、前の日に出せばいいんじゃない。
それで、透析の日は、透析が終わってからというふうにすれば気が楽でしょ。
そうです。その通りです。 ちひろ 面前が開けたようでした。
これ、まさしく ふん闘の結末です。